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悪辣な役所2016年4月5日

ある人の記録から

Iさんの事例を具体的に言うと、Iさん名義の固定資産税の滞納があり、一度で支払ませんでした。数年前に少しずつ返済に来ていたIさんに市役所担当者が強硬に返済を迫った際、Iさんが「一度で払えないから、払えないと言っているんだ。こちらが無理な返済を迫ってどうするんだ!」と声を荒げると、退席させられました。

その後、Iさんは出入禁止。代わりに奥さんが返済のために市役所にやってくるようになりました。その時、返済後、債務残高承認書(と思われます)に奥さんの署名捺印を迫られました。
奥さんは、「私は本人ではないので署名捺印するのはできない」と拒否すると、市役所担当者は、「署名捺印しないと返さない」と言い、強要しました。本人曰く、大変怖かったそうです。
・・・・引用、ここまで

どうも上記を読むと、債務承認では無く、債務引き受けをさせられたのではないかということだ。

債務承認は、本人しか出来ないので、IさんでなくIさんの奥さんが署名捺印しても、債務承認の効果はない。そんな無駄なことを役所がやらせる理由がない。
もしそうなら、悪質悪辣な行為だろう。
法の無知を利用し、お上を信頼する善良な心につけ込んでいる。
そういう意味では、街金、商工ファンド以上だ。
詐欺罪、脅迫罪で告訴告発されるべきではあるが、そんな罪では警察検察は鼻も引っかけない。

もし本当にこんな事例があるなら、マスコミ発表はもちろん、弁護士会を通して厳重に抗議し、債務引き受けは強迫により取り消す、と役所に通告し、これお認めさせることだろう。たぶん、こんなことをしても、役所は強迫したことを認めず、Iさんの奥さんに粛々と債権執行をするだろう。
 ああ、天道、是か非か

カテゴリー:Diary

偽善で売名 杉様2016年3月26日

先週、日本では、東日本大震災5年の節目を迎えました。

様々な関連ニュースが報じられる中、日本では、俳優の杉良太郎さんによる復興支援の話題がインターネット上で話題になっているそうですね。

その内容は、震災直後、被災地にボランティアに駆けつけた杉さんへのインタビューを改めて紹介したもの。

「偽善とか売名と言われることもあると思いますが…」

と聞かれた杉さんが、

「ああ、偽善で売名ですよ。偽善のために今まで数十億を自腹で使ってきたんです。私のことをそういうふうにおっしゃる方々もぜひ自腹で数十億出して名前を売ったらいいですよ」

以上コピペ

僕も含め、大多数の国民は杉様がこんなことしていることを知らないのだから、売名にはならないだろう。誰が偽善で売名などと罵るのだろうか。もしそういう人がいるとしたら、どうせ匿名の卑怯者だろう。

カテゴリー:Diary

高浜原発仮処分に関電社長「到底承服できない」 逆転勝訴したら住民に損害賠償請求「検討対象に」2016年3月21日

産経新聞 3月18日(金)18時46分配信

  関西電力の八木誠社長は18日、大津地裁による高浜原発3、4号機(福井県)の運転差し止め仮処分決定に対し、「極めて遺憾で到底承服できない」と強く批判した。その上で「現時点では何も決めていないが、一般的に逆転勝訴した場合、損害賠償請求は検討対象になる」と述べ、仮処分決定が覆った場合、仮処分を申請した住民らに対し損害賠償請求する可能性について言及した。会長を務める電気事業連合会の定例記者会見で語った。

 自身の経営責任については「原発の再稼働で値下げし、顧客の負担を減らすことが経営責任だ。仮処分の早期取り消しに全力をあげる」と強調した。関電社長と電事連会長を退任するとの観測が出ていることについては「人事はノーコメント」と述べるにとどめた。

以上コピー

住民に損害賠償請求するのは当然だが、おそらく何百億にもなる損害金の支払い能力はないだろう。当然に、担保も取らないでかような決定をした裁判官に請求すべきだが、その制度はないので、国家賠償請求をすべきだろう。関電には、日本国全体のためにも、やって欲しい。

 

カテゴリー:Diary

関電高浜、差し止め判決の背景は「政治の無責任」2016年3月19日

 

(石井孝明、アゴラ研究所フェロー、ジャーナリスト)

関西電力の高浜原子力発電所3、4号機(福井県高浜町)の運転差し止めを滋賀県の住民29人が求めた仮処分申請で、大津地裁(山本善彦裁判長)は3月9日に運転差し止めを命じる決定をした。関電は10日午前に3号機の原子炉を停止させた。稼働中の原発が司法判断によって停止するのは初めてだ。何が裁判で問題になったのか。

 初の稼働中の原発停止

同原発の3号機は、原子力規制委員会の新規制基準の適合性審査に合格し、最終検査のために今年1月29日に再稼動、送電を行っていた。また同4号機は2月26日に再稼動したが、29日に変圧器周りのトラブルで停止していた。この裁判の原告は隣接した隣県の住民だ。立地県以外の申し立てが審理されたのも珍しい。

福井地裁では14年5月に、行政訴訟として大飯原発3、4号機の差し止め判決が出た。その判決は名古屋高裁で控訴審中だ。また福井地裁では高浜原発3、4号機について規制委が基準適合性を認めたことに対する運転差し止めの仮処分の請求訴訟が行われた。15年4月に差し止めの仮処分決定が出たが、同年12月にその決定の取り消しの判断が同地裁の異議審査で決まった。大飯、高浜の差し止め判決は同一の樋口英明裁判長の下で出た特異な例と思われたが、再び原発に厳しい判断が下されている。

関電は9日「極めて遺憾で到底承服できない。速やかに不服申し立ての手続きをする」とのコメントを出した。今後は関電の経営に悪影響が加わる。今年5月に予定していた引き上げ後の電力料金値下げの見送りを表明した。

また再稼動を認めた地元の福井県高浜町の野瀬豊町長は「司法に私たちが翻弄される」と不満を述べた。判決の社会的影響はかなり大きいが、その配慮は判決文からはうかがえない。

 リスクゼロ求める裁判所

仮処分決定によれば大津地裁は争点を7つ抽出した。「立証責任の所在」、「過酷事故対策」、「耐震性能」、「津波に対する安全性」、「テロ対策」、「避難計画」、「保全(この場合は、原発の差し止めによる安全性の確保という意味)の必要性」についてだ。

以下の論理展開を行っている。

1・危険性がないとの挙証責任は関電にある。

2・いずれの論点でも、関電の説明では、危険がないと明確に判断できない。「危惧すべき点や疑問が残るのに、関電は安全性の説明を尽くしていない」と総括した。

3・新規制基準が正しいかは分からないが「公共の安寧の基礎と考えるのは、ためらわざるをえない」との感覚的表現を使っている。

4・地震については、関電が設定し、規制委が認めた基準地震動700ガルは妥当か不明としている。

5・福島第一原発事故の原因究明はまだ行われていないことが、判断の理由の一つ。

6・事故が起こる可能性があるために、原発は運転してはならない。

大津地裁の判断は不思議で、稚拙な論理展開であろう。原子力発電の危険性を、科学的、確率論的に判断することはせず、「説明は尽くしていない」「判断できない」と、感覚的に指摘する。また判断根拠も原子力関連の諸法規では、原子力規制委員会に判断が委ねられている。ところが、この判決ではその法律の趣旨の検証もしていない。

福島事故については、報告書は政府など7組織が編集し、津波による全電源喪失が理由と分かっている。そして判断の根拠法も示していない。そして原発を否定する議論の中で多用される「リスクゼロ」を、事業者に求めているのだ。

かつて中部電力の浜岡原発(静岡県)の運転指し止め訴訟で、それを退けた静岡地裁は2007年10月の判決の「原子炉施設に求められる安全性」の項で次のように述べている。

「「原子炉施設の安全性」とは、起こりうる最悪事態に対しても周辺の住民等に放射線被害を与えないなど、原子炉施設の事故等による災害発生の危険性を社会通念上無視しうる程度に小さなものに保つことを意味し、およそ抽象的に想定可能なあらゆる事態に対し安全であることまで要求するものではない」

これは震災前とはいえ、妥当な判断である。つまり「ゼロリスク」を裁判所はこれまで求めてこなかったのだ。福井地裁の判断は、根拠も示されず、裁判所の権限の逸脱であろう。

 無責任体制の招く「司法リスク」

今回の判決には、原子力をめぐる社会環境の変化が反映している。福島事故でゼロリスクが達成されているとした安全神話が崩壊した。その結果、政府や行政への不信が強まり、これまであいまいだった「どこまで安全か」の基準が壊れ、そして誰も新しくそれを設定しようとしない。政府や行政は責任から逃げる。

安倍晋三首相、そして与党政治家は「世界最高水準の厳しい規制とされる規制基準に適合していると規制委が判断した原子力発電所は再稼動させる」と繰り返す。これは責任を規制委に転嫁した発言だ。

一方で原子力規制委員会の田中俊一委員長は「私たちは規制基準の適合性だけ審査する」「規制委に再稼動を判断する権限はない」「私は絶対安全とは言わない。原子力に絶対安全はない」と述べる。これは法律的に正しいし、科学者としても当然の発言だ。しかし政治の無責任と合わさって、田中氏の態度は責任の所在を不明確にしている。

関電は「規制基準に適合させた」という弁論を展開した。この新規制基準は、関電の作ったものではないから論証が明確に行えない。そもそも原子力規制委員会の現在の安全規制は、審査官の裁量で左右される不透明性が指摘されている。電力会社はその意図を説明しつくすことはできないだろう。

裁判で反原発を唱える弁護団は意図的なのか、政治、行政、電力会社のちぐはぐな対応の部分を突いてきたようだ。誰も積極的に「安全である」と断言しない構造の中で、「リスクはゼロではないから、原発は使ってはいけない」という論法を展開。それに裁判所が乗ってしまった格好だ。

国民的な合意ができない以上、安全性についてリスクの範囲をどこかで線引きし、それにしなければならない。しかし逃げ腰の政府がそうした線引きをする可能性は少ない。原子力の安全性は当然追求されなければならない。ところがその範囲を無限大にすると、無限の対策をするか、原子力を使わないという選択が導かれてしまう。原子力を使うメリット、使わない事による負担増という事実は忘れられてしまう

福島原発事故の衝撃は、まだ社会から完全に消えていない。「絶対安全」を多くの人々が求め、それを反原発の立場の人たちが利用する。原子力発電の安全の確保は当然だが、それが常識を越えてしまうほど過剰な「リスクゼロ」を社会で求める人が増えている。そして電力会社の経営、国民の電力料金の負担などの重要な問題が顧みられない。

今後も原子力をめぐるおかしな判決が続く可能性がある。電力事業者は「司法リスク」を覚悟した方がよいようだ。そして原子力政策の混乱は、原発の停止による国民負担を増やし、リスク回避に見合ったメリットを国民の誰もが受け取れないだろう。訴訟費用を負担した29人の原告が満足感を得て、そして集団訴訟で金銭的利益を得る弁護士たちが喜ぶだけだ。そして2200万人の関西地区の人々が、値下げを享受できなくなった。

こうした状況を止めるのは、政治の決断しかない。政治的に難しいことは理解するが、政治の明確な決断をしてほしい。

民主党の野田佳彦首相は14年4月に大飯原発を動かすときに「責任は私と政府にある」と明言した。しかし安倍晋三首相からは、こうした言葉が出てこない。

(石井孝明、アゴラ研究所フェロー、ジャーナリスト)

関西電力の高浜原子力発電所3、4号機(福井県高浜町)の運転差し止めを滋賀県の住民29人が求めた仮処分申請で、大津地裁(山本善彦裁判長)は3月9日に運転差し止めを命じる決定をした。関電は10日午前に3号機の原子炉を停止させた。稼働中の原発が司法判断によって停止するのは初めてだ。何が裁判で問題になったのか。

 初の稼働中の原発停止

同原発の3号機は、原子力規制委員会の新規制基準の適合性審査に合格し、最終検査のために今年1月29日に再稼動、送電を行っていた。また同4号機は2月26日に再稼動したが、29日に変圧器周りのトラブルで停止していた。この裁判の原告は隣接した隣県の住民だ。立地県以外の申し立てが審理されたのも珍しい。

福井地裁では14年5月に、行政訴訟として大飯原発3、4号機の差し止め判決が出た。その判決は名古屋高裁で控訴審中だ。また福井地裁では高浜原発3、4号機について規制委が基準適合性を認めたことに対する運転差し止めの仮処分の請求訴訟が行われた。15年4月に差し止めの仮処分決定が出たが、同年12月にその決定の取り消しの判断が同地裁の異議審査で決まった。大飯、高浜の差し止め判決は同一の樋口英明裁判長の下で出た特異な例と思われたが、再び原発に厳しい判断が下されている。

関電は9日「極めて遺憾で到底承服できない。速やかに不服申し立ての手続きをする」とのコメントを出した。今後は関電の経営に悪影響が加わる。今年5月に予定していた引き上げ後の電力料金値下げの見送りを表明した。

また再稼動を認めた地元の福井県高浜町の野瀬豊町長は「司法に私たちが翻弄される」と不満を述べた。判決の社会的影響はかなり大きいが、その配慮は判決文からはうかがえない。

 リスクゼロ求める裁判所

仮処分決定によれば大津地裁は争点を7つ抽出した。「立証責任の所在」、「過酷事故対策」、「耐震性能」、「津波に対する安全性」、「テロ対策」、「避難計画」、「保全(この場合は、原発の差し止めによる安全性の確保という意味)の必要性」についてだ。

以下の論理展開を行っている。

1・危険性がないとの挙証責任は関電にある。

2・いずれの論点でも、関電の説明では、危険がないと明確に判断できない。「危惧すべき点や疑問が残るのに、関電は安全性の説明を尽くしていない」と総括した。

3・新規制基準が正しいかは分からないが「公共の安寧の基礎と考えるのは、ためらわざるをえない」との感覚的表現を使っている。

4・地震については、関電が設定し、規制委が認めた基準地震動700ガルは妥当か不明としている。

5・福島第一原発事故の原因究明はまだ行われていないことが、判断の理由の一つ。

6・事故が起こる可能性があるために、原発は運転してはならない。

大津地裁の判断は不思議で、稚拙な論理展開であろう。原子力発電の危険性を、科学的、確率論的に判断することはせず、「説明は尽くしていない」「判断できない」と、感覚的に指摘する。また判断根拠も原子力関連の諸法規では、原子力規制委員会に判断が委ねられている。ところが、この判決ではその法律の趣旨の検証もしていない。

福島事故については、報告書は政府など7組織が編集し、津波による全電源喪失が理由と分かっている。そして判断の根拠法も示していない。そして原発を否定する議論の中で多用される「リスクゼロ」を、事業者に求めているのだ。

かつて中部電力の浜岡原発(静岡県)の運転指し止め訴訟で、それを退けた静岡地裁は2007年10月の判決の「原子炉施設に求められる安全性」の項で次のように述べている。

「「原子炉施設の安全性」とは、起こりうる最悪事態に対しても周辺の住民等に放射線被害を与えないなど、原子炉施設の事故等による災害発生の危険性を社会通念上無視しうる程度に小さなものに保つことを意味し、およそ抽象的に想定可能なあらゆる事態に対し安全であることまで要求するものではない」

これは震災前とはいえ、妥当な判断である。つまり「ゼロリスク」を裁判所はこれまで求めてこなかったのだ。福井地裁の判断は、根拠も示されず、裁判所の権限の逸脱であろう。

 無責任体制の招く「司法リスク」

今回の判決には、原子力をめぐる社会環境の変化が反映している。福島事故でゼロリスクが達成されているとした安全神話が崩壊した。その結果、政府や行政への不信が強まり、これまであいまいだった「どこまで安全か」の基準が壊れ、そして誰も新しくそれを設定しようとしない。政府や行政は責任から逃げる。

安倍晋三首相、そして与党政治家は「世界最高水準の厳しい規制とされる規制基準に適合していると規制委が判断した原子力発電所は再稼動させる」と繰り返す。これは責任を規制委に転嫁した発言だ。

一方で原子力規制委員会の田中俊一委員長は「私たちは規制基準の適合性だけ審査する」「規制委に再稼動を判断する権限はない」「私は絶対安全とは言わない。原子力に絶対安全はない」と述べる。これは法律的に正しいし、科学者としても当然の発言だ。しかし政治の無責任と合わさって、田中氏の態度は責任の所在を不明確にしている。

関電は「規制基準に適合させた」という弁論を展開した。この新規制基準は、関電の作ったものではないから論証が明確に行えない。そもそも原子力規制委員会の現在の安全規制は、審査官の裁量で左右される不透明性が指摘されている。電力会社はその意図を説明しつくすことはできないだろう。

裁判で反原発を唱える弁護団は意図的なのか、政治、行政、電力会社のちぐはぐな対応の部分を突いてきたようだ。誰も積極的に「安全である」と断言しない構造の中で、「リスクはゼロではないから、原発は使ってはいけない」という論法を展開。それに裁判所が乗ってしまった格好だ。

国民的な合意ができない以上、安全性についてリスクの範囲をどこかで線引きし、それにしなければならない。しかし逃げ腰の政府がそうした線引きをする可能性は少ない。原子力の安全性は当然追求されなければならない。ところがその範囲を無限大にすると、無限の対策をするか、原子力を使わないという選択が導かれてしまう。原子力を使うメリット、使わない事による負担増という事実は忘れられてしまう

福島原発事故の衝撃は、まだ社会から完全に消えていない。「絶対安全」を多くの人々が求め、それを反原発の立場の人たちが利用する。原子力発電の安全の確保は当然だが、それが常識を越えてしまうほど過剰な「リスクゼロ」を社会で求める人が増えている。そして電力会社の経営、国民の電力料金の負担などの重要な問題が顧みられない。

今後も原子力をめぐるおかしな判決が続く可能性がある。電力事業者は「司法リスク」を覚悟した方がよいようだ。そして原子力政策の混乱は、原発の停止による国民負担を増やし、リスク回避に見合ったメリットを国民の誰もが受け取れないだろう。訴訟費用を負担した29人の原告が満足感を得て、そして集団訴訟で金銭的利益を得る弁護士たちが喜ぶだけだ。そして2200万人の関西地区の人々が、値下げを享受できなくなった。

こうした状況を止めるのは、政治の決断しかない。政治的に難しいことは理解するが、政治の明確な決断をしてほしい。

民主党の野田佳彦首相は14年4月に大飯原発を動かすときに「責任は私と政府にある」と明言した。しかし安倍晋三首相からは、こうした言葉が出てこない。

 

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池田信夫氏のブログより 2016年3月11日

ゼロリスクを求める裁判官

きのう大津地裁は、高浜原発3、4号機の停止を命じる仮処分決定を出した。現実に運転している原発を止める決定は、日本で初めてだ。去年の福井地裁の差し止め決定はその後、本訴で取り消されたが、隣の滋賀県で差し止め決定が出るとなると、原発の正常化は容易ではない。

仮処分決定を読んでみた。論点はいろいろあるが、骨格は単純である:

  1. 原発の安全性の挙証責任は関西電力にあり、リスクがゼロでない限り原発は運転してはならない。
  2. 福島第一原発事故の原因究明は今なお道半ばであり、新規制基準が正しいかどうか不安である。
  3. 基準地震動が700ガルで十分かどうか、電力会社の資料ではよくわからない。
  4. したがって高浜3、4号機のリスクはゼロではないので、運転してはならない。

「原因究明が道半ば」というのは、何を基準にしているのか。政府事故調も国会事故調も、事故の原因は津波による電源喪失だということで一致している。「基準地震動」は、それを超えたら原子炉が破壊されるという地震動ではなく、福島第一の場合は、基準地震動438ガルを大きく超える548ガルの地震が来たが、配管は破断せず、緊急停止した。

このように「よくわからないからリスクはゼロではない」という論理は、何にでも使えそうだ。たとえば

  1. 建物の安全性の挙証責任は建設会社にあり、リスクがゼロでない限り高層ビルは建設してはならない。
  2. 東日本大震災の原因究明は今なお道半ばであり、建築基準法が正しいかどうか不安である。
  3. 今の耐震基準で十分かどうか、建設会社の資料ではよくわからない。
  4. したがって高層ビルのリスクはゼロではないので、建設してはならない。

こういう論理は、他にも使える。たとえば年間11万人死んでいるタバコのリスクは、原発よりはるかに大きいので、タバコも製造禁止だ。旅客機のリスクもゼロではないので、航空会社も運航禁止だ。

そういう判決が今まで出たことがないのは、建物にも旅客機にも安全基準があり、国土交通省が技術的に妥当と考えられる基準を設定しているからだ。原発についても同じだが、大津地裁は「リスクがわからない」ことを理由にして運転を差し止めた。

今回の決定では「原子力発電所による発電がいかに効率的であり、発電に要するコスト面では経済上優位であるとしても、それによる損害が具現化したときは必ずしも優位であるとはいえない」と書いている。

これはすべての原発の運転による経済的な便益を1回の事故の損害と比較する、よくある錯覚だ。福島の賠償額は今のところ6兆円程度だが、原発で発電するエネルギーは、それをはるかに上回る。何度も書いているように、

 リスク=被害×確率

だが、マスコミで大きな見出しになるのは、被害が大きくて確率の低い大災害で、裁判官のような素人もそれに引っ張られる。今回の決定には、事故のリスク計算も「確率」も出てこない。事故から5年たっても、多くの人が「ゼロリスク信仰」から脱却できないのは困ったものだ。

カテゴリー:Diary

抜き行為2016年2月21日

 不動産業者は、売主から物件売却の依頼を受けたら、自身で直接買主を探すのみならず、通称レインズという不動産業者が会員になっているインターネットサイトに物件の情報を出し、広く買主を探すようにする。それを見た他の業者が、物件を探している人にこれを紹介して、売買契約が成立する。不動産業者が一人で買主を探すより、何万といる業者に情報を提供することにより、より早く売買契約が成立するように促すのである。また、売主と買主は利害が対立するので、売主側の業者と買主側の業者が別々になって、自分の顧客のためにその利害を調整するようにしているものである。売主買主間に一人の業者しかいないならば、双方代理になり、その業者が自身の利益に走ることを防ぐ目的もある。
 レインズに売り物件として掲載されたものを、掲載した業者に無断で売主へ接触することを業界用語で抜き行為という。抜きは、下品であるのみならず、レインズの禁止するところである。罰として、6ヶ月の利用禁止行為に処せられることになる。
 売り物件は、専属専任、専任、一般の3種類の媒介契約のいずれかの契約によっている。一般媒介契約は、売主が複数の業者に依頼できる契約であり、それ以外は、一人の業者にしか依頼できない。そこで、悪質業者は一般媒介物件がレインスに掲載されたら、登記調査をして、売主の住所を洗い出し、直接その売主に接近する。専属専任媒介契約、専任媒介契約ではなかなか抜くことが難しいので、一般媒介契約を標的にしている。 
 当社は、売主宛に業者が接近することがうるさいので、この数年は専属専任契約しか受けていない。
 しかし、このほど某大手業者が抜きに来た。売主宛に「そのマンションを探しているお客様がいますので、ご連絡をお願いします」という主旨のDMを送りつけてきたのである。もちろん、探している客なぞ、いやしない。虚偽である。
 ちょっと驚いた。専属専任物件まで抜きに来るとはね。さっそくその大手業者に問い合わせたところ、その専属専任契約が期間満了になるのを待って、自分と媒介契約を締結させる作戦ということだった。
 なるほど、そういうことか。
 では、今後は専属専任、専任は一切止めて、一般媒介のみレインズに乗せようと思う。そして、抜きに来た下衆野郎を一匹一匹叩きのめして、業界浄化に貢献しようと思う。
徒労に終わることは覚悟の上で。

 ちなみに、業界に縁のない人の感覚とは異なり、抜きのような悪質行為をするのは、大手業者である。それも、有名企業の子会社孫会社である大手業者が行うことがほとんどだ。地場の小さな業者は、まずしない。また大手は、両手仲介、つまり売主買主双方から仲介手数料を取る仲介---双方代理である---が原則である。しばしば、というより殆どの場合、売主や買主の事情や要望は放り投げて、自己の利益を追求する。今回の下衆会社も、超有名企業の系列会社だった。

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夜が明けて2015年12月25日

 今日は良くも悪くも、クリスマスです。

 

 子どもたちは夜が明けると同時に、

待ちに待った(それも期待を裏切らない)プレゼントが枕元にあるかドキドキ。

親はそれを喜んでくれるかどうかドキドキ。

日本ではクリスマスよりもイヴの方が

ケーキやチキンなどで豪華にする家庭が多い気がしますね。

 

 さて、そんなことが懐かしく感じる私は、

今日も変わらず仕事が待ってくれていたわけですが。

さすがにこの時期になると

もう少しあの件についてうまいことできなかったものかとか

この辺りの作業を来年はこうしてみようとか

よりいろんな事を考えずには居られません。

そして最終的に『いったい私は今年に何を残せたか』考えて残念がります。

毎年そんなもので、いい加減 近年中に

今年はすごかった!と締めくくりたいと切実に思います・・・

でも逆説的に捉えれば

満足感でそれ以上の事をしないなんて事がないので毎年毎年のびしろがある、

ということでしょう。

そういうことにしよう・・・

 

皆さんはどんな1年を過ごされましたか?

今年がとても充実した1年になった方も

少し何かが心残りな方も

残りわずかな毎日が少しでも良い日になりますように。

 

そして来年もまたincubator7が、レンタルオフィスが、

皆様と何かしらの形で縁をもち、お役に立てればと思います。

本年も有り難う御座いました。

 

 and  …  Merry Christmas!!

 

 

 

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難しい気温2015年10月28日

ここ最近、昼間は暖かいのに夕方以降とても寒く感じるようになりました。

街や電車内でも風邪等の体調不良が多くなってきて

体調管理が大変です…

 

当レンタルオフィスでも そろそろ皆さん格好が変わってきましたし

冬が近いなぁと感じ始めたところに、なんと!

今日ミカンを頂きました~♪

私は寒いのが大の苦手。

冷え込むようになって憂鬱な気分だったのですが、

季節を感じられるモノに触れると、やっぱり嬉しいですね。

 

焼き芋の車が通ったり、みんなで鍋を囲んだり、

そんな季節がもう迫ってきています!

食欲の秋ももう少し続きますが

『寒さ対策』 と 『休肝日』 これからの季節には必須です!!

 

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望遠鏡の日2015年10月2日

先日のスーパームーン、見ることが出来たでしょうか?

私は友人に言われて思い出し、外へ出た頃にはもうお月様は遠く…

小さな小さな満月でした。

 

ところで今日は望遠鏡の日だそうですが・・・

特許が認められなかった初の望遠鏡』

オランダの眼鏡師リッペルハイは、1608年のこの日、遠くのものが近くに見える望遠鏡の特許をオランダの国会に初めて申請。

しかし、原理が単純で誰にでも作れそうだという理由で却下された。(PHP INTERFACEより引用)

ということです。

 

その後ガリレオが初めて天体観測用の望遠鏡を作り

天文学に関する様々な発見をしたこと、

ニュートンがプリズムを使った実験から色収差(*1)の少ない反射望遠鏡を作り

ここから望遠鏡の倍率が今も進化を遂げていること、

それにより天文学のみに留まらず食品や医療、他様々な研究に活用されていることは

本当に壮大ですごいとしか言えない薄識な自分が残念です…

 

何よりまずこの望遠鏡を発明したリッペルハイは、眼鏡レンズをたまたま2つ重ねて

遠くの物が近くにあるように見える現象を見つけたそうですが、

世に天才と呼ばれる人々は、この偶然を「見てみてーっ!!」とただ喜ぶのではなく

そこから想像を膨らませたり、形にしたり

そういった行動力も持ち合わせているんですね~。

 

私も見習わなきゃ!

まずは知識をつけるべく、秋の夜長に読書でもしますかね。

 

 

*1)

光線を透過し屈折させる物質(ここではレンズの光学ガラス)において

一般にその屈折率は一定ではなく、光線の波長(周波数)によって異なり、これを光学で分散と言う。

分散が原因で色ズレとして発生する収差を色収差と言う。

 

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シルバーウィークも過ぎました2015年9月24日

ここ最近は本格的に涼しさが際立ってきたので

重い腰を上げて、衣替えをし始めました。

心配事といえば、夏を満喫した分だけ肥えてしまったお腹が、去年の服に収まるか。

 

そうは言いつつ、本格的な食欲の秋が待ち遠しい!

南瓜、薩摩芋、大葉、秋刀魚、鮭、鰆、梨、葡萄、柚子、柿、栗 etc.

なんだか書きすぎて漢字読みクイズみたいになってきましたが…

つまりは、あれもこれも堪能したいのです。

シルバーウィークが明けた今、体重計に乗るのが怖いなんて思いながらも

食べたいものを食べられる幸せや誘惑には勝てない毎日です。

 

 

 

 

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